ゴールデンウイーク 映画

我が家は、これ。background

昨日 スパイダーマン2 いってきました。

私は、アトリエ5週目の休みの日のお約束で いつも熱(関節痛)がでます。

主人が子どもたちを連れて、外で遊んでくれます。

NO5はお友達と映画。だれと何を見るのか・・気になります♪

 

 

「夢はかなう」

朝日新聞4月22日

「夢はかなう」引きずるロマン より

あんなに平凡そうな普通の人が、実はすごい人だった。とか、話題を集めて 売れる作家になったとか、そういう「夢」。そういう夢はかなうのか。

最近のニュースでは、あんなにかわいい人がすごい研究をした。とか、○○なのに素晴らしい曲を作ったとか。

研究そのものよりも、あんなに○○な人が。。というところばっかりを取り上げて、どう素晴らしいのか価値基準を持たないでちやほやする。

その上、裏切られた・・と思ったりする。

なんだろう。この感じ。

哲学者の 竹田青嗣さん
中略~挫折感がない、それゆえに自らの欲望と現実社会の折り合いをどうつけるかという筋道がはっきりしないという問題、現代に固有の危機だと思います。

若い世代が中心になってその筋道をつかみ、しっかりと表現することが文化のおおきな役割だと考えています。

 

・・・・

そうかもしれない。

子育てにもある。親がすべて完璧に用意してしまう。

ほったらかしの放任ではないけれど、夢や希望を持つことは大事です。
そのことを、どうすればよいのかを考えさせないとだめなんだ。

主人が 次男に言うこと。

「おまえはあほか。自分でなんとかしろ。自分で考えろ。」

時には、手も足も出る。次男は兄とは違う。

次男が泣く.

泣きながら寝てしまう。

 

そういうことは、主人の出番。

私は、何一つとして、できていない。やればやるほど。

今日も頑張って 家事 先生 作品。

挫折感と戦います。

 

 

 

 

新学期です。

  • 新学期です。子どもたちは朝7時に学校に向かいます。

長男は 図書室です。この学校にたった3年しか行けない。長男の学校にある本は、今まで探してきたどこにもない本が書庫にある。その書庫に一人うまっているらしいのです。それで、お弁当を食べる時間がない。お昼も一人で書庫に走る毎日。こんなに素晴らしい本があるのに、勉強している場合ではない、とか。。本を読めば賢いというわけではない。大丈夫か?NO5

次男は ランニング部 大文字駅伝を狙っています。学年で男子5人が選ばれる。今のところ、実力は4番目。すぐ後ろに5番目が迫ってきたらしい。
毎年2位だったのに。最近ますます、距離が長いとダメだそうです。中長距離を短距離の馬力で走る次男には、長距離は向かないらしい。大丈夫か?NO5´

それぞれの春であります。

さて、親は・・

主人(四代貴古)は、花粉症です。時間があればながた耳鼻咽喉科の素晴らしく素敵な先生のところへ。

そして、マンションの町内会の会長。

私は、子どものサッカーのお世話役をしています。

 

なんていういそがしい春でしょう。皆様もどうぞお身体を大切に_(._.)_

10年前の可愛かったころは一瞬でした。10年

 

京都伏見お煎茶教室

教室では 三代貴古の器をお楽しみいただけます。

このお皿は 見本として 一枚だけ作られたものです。OLYMPUS DIGITAL CAMERA お菓子は「藤の花」

桜は少しだけです。OLYMPUS DIGITAL CAMERA

この器も三代貴古作

OLYMPUS DIGITAL CAMERA 清々しいお味です。

お煎茶教室でお茶をたのしみましょう♪

タイツを買いました

最近 小物で地味ながらも息抜きしています。

おしゃれは、私のささやかな楽しみです。

ロングスカートではありますが、派手なタイツで気分転換。

足が太いのでのびきったねこちゃんです。

京阪五条の ひなやさんで買いました。

色合いが気に入っています。OLYMPUS DIGITAL CAMERA

恥ずかしいので・・ロングスカートです。

地味な冒険です。OLYMPUS DIGITAL CAMERA

 

 

 

 

 

 

小川流のお煎茶を体験できます。

5月3日は、市民煎茶の会です。
気軽にお茶室で美味しいお茶のお味を体験できます。
 平成26年予定です。
5月3日  二条城
5月18日  下鴨神社
6月22日   近江神宮
7月23日  八坂神社
9月28日  平安神宮
(お茶券が必要です。)

アトリエ伏見教室 今橋までお問い合わせください。 先生にお伺いすることができます。
よろしくおねがいします。OLYMPUS DIGITAL CAMERA

NHKニュースより 4月6日

以下はNHKのニュースのコピーです。

・・・・・・・・

「子どもたちがいじめに遭わない服」をテーマにしたユニークなファッションショーが5日、アメリカ・ニューヨークで開かれ、いじめに遭わないために自分の存在感を主張するような服が披露されました。

このファッションショーは、ニューヨークを中心に子どもたちからいじめの相談を受けているグループが、デザイナーたちと協力して企画しました。 ショーでは、いじめに遭わないためには男の子も女の子も自分の存在感を主張する服を着ることが大事だとして、およそ20種類の服が披露されました。 このうち女の子向けには、友達の間で話題になるようパステルカラーなどの明るい色でさまざまな素材が使われた服が紹介されました。 会場には、いじめを受けた経験のある子どもたちも招かれ、太っていることでいじめられたという14才の女の子は、「これからは自分の個性を出して、好きな色やサイズの服を自信を持って着たいと思います」と話していました。 アメリカでは、子どもの4人に1人がいじめを受けた経験があるということで、イベントを主催したケリー・デンプシーさんは、「明るい服を着ることで子どもたちは自分に自信が持てるようになるし、いじめられることもなくなると思う」と話しています。

http://www3.nhk.or.jp/news/html/20140406/k10013536161000.html

・・・・・・・・・

そんな簡単に解決できるはずないって、きっと思うだろう。
すぐに笑うだろう。。
子どもだって、いやがるだろう。
でも、一番だめなのは、教師が「見守りましょう」言葉で逃げてしまうこと。親が、わかっていながら、「様子を見ましょう」ということ。もし、何かあったら・・。どうすんだろう。
私なら、モンスターといわれてもいい。戦うやろうか?できるやろうか・・。でも、何もしないでみているなんて、いやだ。
ファッションショーのデザインがどうとか、そういう話ではない。

「こどもの好きなようにさせている」なんて、だめだ。ろくなことがない。そうやってかっこつけたくない、と、、心では思う。

4月。入学式。新学期。転入生もいるかな。
ドキドキハラハラ。大丈夫かな・・。
楽しいこともいっぱい。
大人も子どもも、がんばろ。ファイト♪

 

 

「ほめて伸ばす」というけれど。

私は「ほめて伸ばす」ってどうかな?って思います。ほめることはよいことです。ほめられるとうれしいです。

一度こういうことがありました。家族で絵を描いていて、主人と私と兄がそれぞれ絵のバランスがよい。バランスがよいとはいえない一番情熱的な次男が描いた絵を 家族みんなでほめました。その絵は、かなり躍動的で、でもバランスは悪く、大胆な配色と表現です。
本心でかっこいい絵でした。でも・・「うまいって、こんな絵じゃないやろ・・」って言った次男の目に涙。悔し涙だったんです。

このドラゴンの絵は、ドラゴンが200匹以上描かれています。OLYMPUS DIGITAL CAMERA
何度かいてもうまく描けない。OLYMPUS DIGITAL CAMERA悔しくて涙。こういう人が良い作品を作ると思う。それで、ほめ方は大事だと感じます。うまく言葉にならなくてもよいし、無理に何かを表現しなくても、認めて、応援することができているでしょうか。そのままの君でよいと、その時に伝えられていたのでしょうか。自信はありません。
小学1年生の時でした。

音楽の先生にはきちんとした音程リズムの違いに厳しく指導するとか、間違いを正すということができます。お絵かき教室の先生をしていると、指導の根拠があいまいで、最近は生徒の要望に合わせすぎて、型を教えず、自由に好きなように描かせることが多いと感じています。わたしが子どものときは、写生やクロッキーが今よりもっと多かったです。
学校の先生なら、それでも良いかもしれない。でも私はプロなので、お金をいただいている以上、児童絵画教室の内容も大学受験に通用していくように指導したいと思う。
「型」の指導なしでは、型破りな絵を描くことすらできないのです。

それでいつも、指導書の中に 学習指導要領のいろんな教科を意識して取り入れることにしています。

国語 算数 理科 社会 家庭科 音楽 英語 体育、すべてが美術と合わせることができる。

美術を勉強することは、大事だということをしっかり説明できるように、後半の人生を生きたいと思う。

(私のささやかな願いです。)

 

オリジナリティについて

絵を学び、何かを発表するときに、必ずだれにもできない自分だけの世界を展開しなければならない というようなオリジナリティにこだわります。
普通は 人まねをすれば馬鹿にされます。
そのためつねに評価の対象になるのは、オリジナリティである。
オリジナリティこそ価値をつくるとも考えられています。
しかし必ずしもそうとは言えません。

ジャン・コクトーは「私が一番嫌いなのはオリジナリティだ」と言っています。これは、オリジナリティが競争と差別の上ばかりに成立するからです。
それにもっと言うなら、いったいどこからどこまでをオリジナリティーと決められるのでしょうか。
いちがいには・・区切りがつかない。

私は、新しいものをつくるとき「ここにしかないものはない」と思うようにしています。
また、そのようにして、日常を見ています。
子どもの時からお手本がないとできない。何も自分の力ではかけない。そんな子どもでした。
いまなら、それでいいと思える。

芸大生の時からずっと思っていた。
私には強烈な個性がない。
でも、個性っていうのはオリジナリティのことではない

オリジナリティのない私は、主人の技術の「取り合わせ」が新しい作品を作りました。(お茶の世界では「取り合わせ」というそうです。)そのような気持ちでやればいいのだと思います。

一生懸命生きる結果そうなったことが真実です。それが「信」でした。
これが「マエストロ貴古」で学んだことでした。

 

ここからは長男の話です。

「稽古と練習はちがう。」先代をほうふつさせる、なにかの面影をほうふつさせる。稽古はそういうことで、それがほめ言葉なんじゃないかな。
だから「うつし」でいいのではないのかな。「うつし」という言葉に 日本の文化の秘密があるのではないかな。

私もそれでいいのだと思うようにします。

 

「神仏たちの秘密」松岡正剛

より