赤ちゃんの絵は芸術作品ではない・・
子どもの絵(特に3歳までの絵)は神聖なものとして、過敏になる必要はないということについて説明します。
まず、赤ちゃんは
7か月 一人で座れるようになり座って両手が自由に使えます。
9か月 両手に物を持ったり打ち付けたりたたきあわせたりします。
何か描こうとする体ができたら、環境設定という意味で、できたころが(おえかきをする)その時です。
このころの絵です。
しっかりとペンを持っています。
しおりちゃん。
ありがとう。
離乳食が進むと
こっぶを持ってお茶を飲む
スプーンを持って、食べ物がお口に入る
など、道具を使って上手に行動をおこすことができます。
手と目の協応運動(動作)と言いますが、指と手と目のバランスのとれた協応運動は生まれたときから いろいろな外界とのふれあいから発達してきます。
協応運動は段階的に少しずつ成長していきます。
刺激は 五感で集められて 脳に。それから 考えて 運動へ 手へ伝わります。
芸術だといってしまうよりもっと大事な考える脳にも、また身体の発達にも役に立っている。
芸術というわかりにくい枠にはめるより 自由にのびのびと。
そういうことが言いたいのです。
丸が描けるまで~1~
あってもしょうがない。役に立たない。無駄なもの。
芸術は無駄なものです。。
さてさて
本当にそうでしょうか。
芸術は人間に必要なものです。きっぱり。
赤ちゃんの時代から道具を持って丸を書くのにおよそ2年半・・3年・・3年半・・ぐらい
スタートからゴールまで行ける。丸が書けるってすごいこと。
これに優劣がありますか?
無駄なものがどこにあるんでしょうか。
人間に必要なものは「無駄」
文化は必要なものなんです。
大きな○を描く人。早く強くしっかり濃い色を描く人
やさしくゆっくり丁寧に描く人
いっぱい描く人
一つ一つちがう○の形。
お母さんから少しずつはなれ、
離乳食もはじまり外の刺激と充分に受け取って一歩一歩成長します。
記憶力もついて、道具を使い、ハイハイからつかまり立ちへ
今まで見たことのないものに興味津々。
その丸の形と色に一つ一つに個性があります。
あなたの○はこんなだね・・そしてあなたの○はどんなのかな?
個性を認め合って、正解はない。優劣もない。
こういうことが人間には必要で、
絶体に無駄なものではありません。
○を書きはじめて
まず元気でよく体を動かす人は 力強い絵を描いていきます。強い色が好きで、はっきりした○をかきます。
やさしい人はあたたかい○をかきます。配色も線もあたたかいです。やさしい配色を使います。
考える人は工夫して、変化をつけたり実験したりして描いていきます。重ねたり、混ぜたり、実験を繰り返します。
自分で考えてくふうする人は、同じ〇でもとてもいきいきとしています。
画面いっぱいに大きく○を描く子はのびのびしている人というよりは、画面いっぱいにのびのび書くのが楽しいようです。
全く描かない人も、心の中では十分に何かを考えています。
指導者は資格を取るよりも大事なことがあります。
その人(対象)の気持ちになってみることです。
(デッサンと同じです。)
感受性は先生に最も必要です。
○ひとつ描いても、色や形大きさ。
そして性格や個性によって
みんな違いますが、それこそが大事なことで、優劣もなく
子どものすることに無駄はありません。
個性を認め合って、刺激をうけてのばしていくものです。
そういうことがわかる大人であることが大事です。
芸術[芸術を感じる心」は無駄なものではありません。
最後にとても大事なことですが
子どものかく絵は芸術作品ではありません。
芸術的才能とかそういうことよりも
運動の一部であり成長の過程、
軌跡だととらえて、
才能を伸ばすなどではなく、
「ゆうちゃん。まる描こうか~。」と遊びのなかで楽しく、遊びにさそってあげましょう。
そこには、あの人と遊びたいな~と思わせるムードと雰囲気が大事です。
笑顔です。
鏡に向かってにっこり。自然な笑顔を練習しましょう!
6か月の赤ちゃん
人体デッサン
人体ではありませんが、・・
私もかんせつ君はよく使います。
たとえば動物園にスケッチにいこうとします。
このきれいな鳥。
どうしても足hが難しいんですんね・・。
それは、この足です。
人間とちがって膝がなんだか後ろなんです。
それでかんせつ君です。
この資料はお友達のページから引用させていただきました。
かかとだったんです。あの曲がるところは・・
それで納得して、スケッチします。
鳥の足がどうなっているか、
頭の解釈が土台にあって、絵の部分はその上に創造されるところです。
ですから、どちらに偏ってもどこか不自然になります。
うまく描く秘訣は、頭で描くことであり(立体的思考)
そして、その設計図を基にその上で見た感じを足していく
その上での
枚数を描き、(やみくもに描けばよいわけではなく・・)
対象をよく見て(訓練して、)
誰かにあるいは自分で評価して(自分で描いた設計図との比較)をして
そしてまたその1枚での絵で表現できなかったものが
次のテーマになって
何枚も描き
デッサン力がつく・・
ということです。
人体デッサンとは少し違いますが、かんせつ君は
四足の動物バージョン
鳥バージョン
魚バージョン
があります。
人体デッサン
人体デッサン
人体デッサンをするときに、線が上手くいかないなら、クロッキーをしましょう。
どうすれば上手くなりますか?と言われれば、鉛筆を動かすこと。
100枚 A3のコピー用紙を用意して。そこに2ポーズ描いてみます。
中学3年生でもできます。
ただし、一枚一枚注意が必要です。
姿勢 視線 見方 そして本人の情熱がないとできません。
そのうちの数枚に影を描きます。
そうやって、描いていると 線が人間に近寄ってきます。
そして、驚くことに 何でもパッと見て描けるようになります。
いつでもどこでも描ける目になってきます。
それから、実際の人間を描きました。
子どもはよく動くのでそれをとらえるのは難しいです。
でもよくできていますね。
勇介君です。
人体デッサン
人体デッサン
私は中学で先生に教わったことがあります。
「手はホースじゃない。」
その先生が絵を描くときには人間の関節を見なさいって教えてくださいました。
関節そして骨や筋肉です。人体を見るとき必ずその人の骨を見るようにしています。
でもまだ小さい子どもたには関節がわかりません。
「かんせつくん」という小さな紙をくみあわせたものをつくって、興味を持った人にはこういう方法で指導しています。
まずは、先生のポーズ。「かんせつくんでつくってみよう。」
先生はどんなポーズだったかな?
どんなぽーずでもできるよ・・
ではこんなポーズは?
という感じです。このあと写真を見て・・
それから自分で描いていきます。
では中学生はどうでしょうか。
中学生は少し調子にのること、調子にのせることが大事。褒められるなら描いてもいいかな?ぐらいの方法で引っ張って行かないと、描いてくれませんよね・・
人体を描くことを恐れずまだまだいっぱい描いてみることが大事です。中学生なのでここではかっこよく描きたいという気持ちをからかってはいけません。とにかく、嫌になってしまうともう描きません。調子にのせるには上手く褒める方法やその言葉に注意。「もう一枚お願いします。」って描いてもらいました。
色の使い方ですが、平面の写真を写しているので立体的に見えるように、筆を動かすことでうまく見えるということがあります。
友達とか親に自慢できるような絵をつくっていくことで、ちょっと調子にのってきます。
紙がボロボロなので完成としました。
似顔絵ではないので照れ隠しで「変な顔~」とか本人は言いますが、良いところをたくさんみつけましょう。
天君 勇介君 ありがとうございました。
人体デッサン
絵の描き方は絶対に教えましょう。
美術の先生に習いたいことは、うまく絵を描く方法です。
でも案外教えないこと、そして、そういう立場で指導することを「よし」とすることがあります。
まるで児童絵画を聖域のようなとらえ方をすることがあります。
教えないことを肯定しているようです。
そういう先生を母親としてはどう思うでしょうか?
私は、絵の描き方というよりも
手ほどきが必要だと言いたい。
マンガが好き。アニメが好き。でも美術とアニメとどう違うのか。
よく言われたことば・・「絵で食っていけるのか?」
そういうことをだれも教えてくれません。
もうそろそろ、言ってもいいかと思うようになりました。
芸術大学に入っても、絵は案外教えません。自分のテーマを自分で深める。
むしろ大学の先生が指導すると大学生が嫌がるそうです。
「こう描きなさい」ということを、この段階で説明しては遅いのです。
でも、もし自分の子どもが大学に行くなら、芸術にかかわらず、将来役に立つカリキュラムで指導してくださる学校がよい。
何を教えてくれるんでしょう?
描き方ではなくても、道具の使い方、
陶芸なら轆轤や、歴史、京都なら京焼清水焼、その窯の維持する方法など、また卒業後の生き方など。
そのあたりを説明することが必要だと思う。絵が好きでも、どれほど現実では大変かをしっかりと説明するほうが本当だと思う。
早期教育というなら、感性のことです。
五感を育てないで、良い絵は描けません。
美しいと感じる心
美味しい。うれしい。たのしい。
そして、自尊心です。
そういう子育てをしてそれから、絵の話になります。
聴いて見て心を動かして体を使って、表現する。
〇歳からはじまっているんです。
嫌なこと、うれしいこと、楽しいこと、体いっぱいに表現することからはじまります。
上手くても下手でも、その表現したものを認められたということが大事です。
大学受験の絵は短期決戦で、むしろ・・体力 気力 。心技体。と言えば少しわかるかもしれません。
どんなに上手な人でも、むしろ上手すぎるから落ちてしまうような受験。
実技試験はとても難しいものです。
ですから、子どものうちは進路とは関係なく、描き方、すきなことをしながら実は自分の進路に確実に向かっていくという指導をブログでまとめていきます。
絵の具でデッサン(着彩)
絵の具でデッサンします。
絵に自信のある人、絵が好きな人には何でもないことですが、
絵の具と筆の使い方には解説や指導法があります。
すぐに上手くなりますし、このまま大学受験の基礎にもなります。
基礎とは絵をきらいにさせないようにすることです。
マンガでもよいし、お兄ちゃんお姉ちゃんのマネでも、
とにかく、作者のお話をよくきいてあげることが基礎になります。
勇介君(中3)いつもありがとう。
想像のものにしても、何か描こうとして色を塗って表現して上手く見せようと思ったら、色つきデッサンは必然です。
今日は ①でこぽん ②お玉
です。
①でこぽんを描く
まずは下描きします。
きちんと書くべきところはどこでしょう。
果物はすべて一つのお花だったということです。
当たり前のどこでもあるものに、意味を見つけ出してストーリーを作ることからデッサンがはじまります。
それで・・
説明なしで描いてこのような感じになります。
まずは球に見えるように描くとはどういうことでしょうか?
こちらは解説ですが、面に沿った筆の動かし方です。
球に見えるような、表現をモチーフから探し出すということが説明になります。
こちらが、小学生の絵です。
とっても上手です。見るべきところがわかるということ。
適当にしていいところときちんと書くところがわかっている。
小学5年生ですが、中学生のレベルです。
ここにいたるまでですが、
小学2年生。天君です。
横にあるのが科学絵本です。観察するということはいったいどういうことでしょう。
あるがままを見ることがどれほど素晴らしいか。
素直な目と感動がまず初めにあります。
デッサン力とはこういうことです。あるがままをまっすぐに見る力です。
それからホカホカとあたたかい心で絵をかきます。
観察に充分時間をかけて、さっとかくのは、素描の基礎です。
上手いとか下手だとか、何もわからないのに 評価したりすることよりも、心の動きに注目しましょう。
見えたように描く。このように見えたということを、褒めてみんなで喜んでいきましょう。
(デッサン 作者 天君 ありがとう)
②お玉を描く
お玉をかく。
自然のものは、それぞれの形ですが お玉はどこにでもあるものなので一番大事なのが下描きです。
これが小学生の絵です。
こちらは3年生です。よく理解しています。しっかりと使えそう。
きれいにかけていますね。形をとるというより、どうやって何のために使うか興味がある人の絵だとわかります。
まず、用途を理解しているかどうかが問題になります。
さて勇介君のパレットを見てください。これは、父親のパレットです。若い時から使っていたものです。
このパレットに絵の具を出したのは・・33年前。絵の具は出しっぱなしで表面は乾いていますが少しずつ永和のアトリエ遊でみなさんが使っていたので、絵の具が足されていい感じになっています。
ちょっと混ぜただけでも、誰かが見守ってくれるような感じがしますね。
こわがらずに手数がでています。なぜ、無彩色のもの(白黒グレー)のものにこんなに色をつくるのか?ということですが、
黒を使わないで、無彩色をつくっています。捕色を混ぜています。反対の色をうまく使って当たり前の黒に見えないように工夫しています。
たとえば 赤と緑少しの青を混ぜて グレーをつくっています。
あるいは茶色に水色を混ぜて、ふしぎなグレー。
無彩色にも色を感じる工夫です。
ちょっと写真ではわかりにくいですが、頑張りすぎでボロボロの紙になっています。
さてさて書きはじめから1時間30分です。
まだまだいっぱいあるけれど、今日はここまでにしよう。
紙に穴があきそうだから、完成ということにします。
色んな色がたくさん感じられるあたたかい絵になりました。
色彩構成で色の基礎を学び、着彩でその色の基礎を活かし デッサンするという仕組みになっています。
スパイラルになって、気がつけばなんでもできる基礎になっています。
技術ではなく、道具の使い方、はじめの手ほどきがあれば自分でどんどんふかめることができると思います。
大人ならだれでもいつでも今日からでもできる絵の勉強の基礎です。
文章で伝えるのは本当に難しいことですが、いつでもだれでも うまくかくことができるのです。
http://fusimi-art.cocolog-nifty.com/blog/2013/04/post-9997-2.html
教室の様子です。