夏休み 油絵講習

油絵の絵の具と水彩絵の具の違いの説明をして、

とき油の説明、

キャンバスのことなど名称を覚えて、描き方の指導です。

それから、、

いろんなことをまずは体験します。

地塗りから薄く使っていく描き方です。

低学年で油絵を経験できるなんて幸せなことですね♫

男の子のダイナミックな筆の使い方もすばらしいことです。

背景はもちろんピンクにする。と中学生男子です。

☝︎

完成!

姉妹で頑張りました。

額縁をつけて完成です⭐︎

さすが。高校生の作品です。↓

 

京都伏見アトリエ遊美術絵画教室 大学受験生

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勇介君は学校の美術室から3年5組の教室に石膏像を運んでデッサンしています。

完成すれば先生が合評してくださるそうです。先生は「ようやく戦う準備ができたね勇介君」と・・・

↑カラカラです。

そして東大阪のアトリエ遊永和教室でも水澤先生指導のもと同じ石膏を描くことになりました。

画用紙は木炭紙サイズです。ようやく3時間で大きく形が取れるようになってきました。

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↓京都伏見アトリエ遊では、とにかく合格するような絵を一枚完成させようと10時間かけて多羅先生指導のもとビーナスを。

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5時間経過

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ようやく白さや美しさが表現できるようになってきました。

センター試験からおよそ1ヶ月の様子です。

ここからは3時間で完成させるように特訓が始まりました。

英語の読解、日本史の小論文でもテストで合格してからの石膏デッサン

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まずはりんごひとつから描きましょう

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美は日常にある

生活の中に、毎日の丁寧な仕事の中に

必ず美はあるのです

目の前のものをよく見て美しさを感じましょう

それは特別なことではありません

自分の中にある美しさを自分の手で表現しましょう

必ずできます・・時間がかかるかもしれないけれど

芸術は変わったことをする人を求めていません
まっすぐに美しさを見つけようとする姿そのものです

最後の私からのメッセージをりんごに託しました

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第一希望は残念でしたが

来週は受験にいってきます。

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憲洋くんも(中2)も国公立の芸術系大学受験を目指してデッサンをスタートです。

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こちらはまず国公立の大学はどんな大学があるのかな。という話から始めます。

金沢も沖縄も・・いっぱい芸術系大学はあります。

まずは基礎デッサン。スタートしましょう。

 

 

美術家からみた子育て

6年~7年ほど前にさかのぼりますが、
陶芸の作品を作りはじめたころです。

後半の人生では、いつか自分が棺桶に入っていく瞬間に・・
その時に私は後悔しないように・・
私がいなくても
自分の子どもたちや、アトリエの若い先生たちがきっと迷わないように、
そしてずっとずっとアトリエ遊が続くように。そういうものを残すと決めました。

それはなんというか、虎は死んでも皮残すとか。。。そんなきっかけを下さった先生がおられます。
チェロも演奏されて、現在早稲田大学で教鞭をとっておられる国語の先生です。
先生と「音楽絵本」とチェロのコンサートをしたときのこと。先生のやさしい「アヴェマリア」ふと思い出しました

当時京都教育大学におられた先生に簡単な作文というかお恥ずかしいことに論文を持っていきました。
先生のアドバイスは意外なものでした。
作家活動「マエストロ貴古」からはじめてみてはどうですか?とのことでした。
なぜだかわかりませんが、私がひどく疲れていて、おそらくご心配おかけしたことでしょう。
当時はとても自信がなく、迷い、途方にくれていたのです。

ここにきてようやくですがその続きのページを綴っていくことにしました。

こちらをまとめ、HPなどで公開するのきっと60歳ぐらいのときでしょうか。
それまで最弱のエンジンで、ネガティブに、アトリエの先生たちと、そっと、静かにまとめていきたいと思います。

私の美術指導のはじまりの言葉は長男が考えました。

私は具体的な形で自らのコンセプトを常に実践しています。
その根本的なものは霧ではなく雲のようなものです。
いままで実践したことを三つの視点でまとめます

それは、お母さんとして、美術家として、絵の先生としてです。

マエストロ貴古は作家活動をずっと続けます。

そして同時にマエストロ貴古の新しい1ページをひらきます。

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次男が幼稚園卒園の時に、決めたことでした。
もう中学1年生になります。
子どもたちが支えてくれたこと、ありがとう、、です。

アートやなぁって・・

春休み以降、中学生1年生の次男とようやく美術館やコンサートに出かけていく心の余裕が出てきました。
次男は、美術館を素通りするタイプの子どもでした。兄がじっくり観すぎるので退屈だったのでしょう。

昨日アトリエで話しました。
「ぼくな、ピカソの絵わからへん。」
半泣きです。「もっとわからへんのは、その絵を見てなアートやなぁっていう人。もっとわからへん」

それで、
「お母さんも本当のことはわからへんよ。わかったふりする人もわからへん。
お母さんと一緒や。それでいいねん。ピカソもそれでいいってさ。」

ピカソの言葉にもあったのですが、故元永定正氏も仰っておられました。

「抽象画を誰もが理解しようとする。
でも鳥の声は理解しようとはしない。」

ピカソの絵、今すぐわからなくていい。
お母さんもようやく陶芸のこと、最近少しだけわかるよ。
少しだけどね。OLYMPUS DIGITAL CAMERA

中学一年、次男のふしぎちゃんスケッチです。

 

 

配色について

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暗い気持ちの時 暗い絵になるでしょうか?
弱い人が弱い絵を描くでしょうか?

もう駄目だ・・これが最後だ。という人が絵を描くでしょうか。。

子どもにとって絵は表現であり、自分を映す鏡のようなものです。
大人の表現においては、自分が弱いということを表現できる作品を作る人は強い人です。
暗い配色だからと言って、暗い気持ちだとは限りません。
その日の状況もありますが、絵はストレス解消にもなります。
いろんな色を混ぜると楽しいです。赤と緑と白を混ぜるとどんな色?オレンジに緑を混ぜると?混ぜれば混ぜるほどグレイになります。
絵を描く人、また、自ら筆をとる人(描かされる絵ではない)は生きる元気にあふれています。

もう駄目だという絵、何かを訴えたい人、つらい人の絵はわかります。

文章を書いて 描きながら乗り越えるような、そういう日記のようなもので、子どもも大人も絵を描くとすっきりしたりしています。こどもがたとえば人殺しの絵を描くから将来恐ろしい人になるのではなく、その人の目は明るいということがあります。その子は、みる人をびっくりさせようとか、おもしろいと思わせたいとか、興味を向けたいとか・・そういうことが多いです。

子どもの絵の中には、昔 留守番がこわくていやだった。階段からおちてこわかった・・・などということを自然と描いてしまううことがあります。自然とそういう絵になります。何とも言えない絵やつらい絵も、もちろんあります。肌で伝わってきます。それでも、絵に描いたときはすでにその過去をふりかえっている状態だったりして、つぎに描く絵は超ポジティブ。そんな時が多いです。一枚ではわからない。次に何か新しいことに向かっていく、次のページを開くとき、少し振り返ったり、熱を出したり・・そんなことを絵の上でしていきます。

子どもにもいろいろなことがあります。一枚の絵だけで決めつけないでほしいと思います。描いているときの表情、会話が大事です。絵以上に大事です。絵や工作がストレス解消の場として、また自分自身のストレスなどとうまく付き合って、困難から自ら乗り越えてほしいものですよね♡(がんばれ)

お絵かき教室 絵の指導

子どものお絵かきにグレードをつけることにはあまり興味がありません。

必要な時には デッサンに、100点満点の30点から95点まで細かくつけることもできます。

「まちがいさがし」という作業ともいえます。

 

たとえば ○×○大学の受験で最低点だった作品が ×○○大学というもっと入学しにくい大学で最高点だった人の絵について。

その絵は、引っ越し前の深江教室に隠していました。

もう緑橋教室に引っ越すときにはなくなっていました。

その絵。どう見ても、ぐちゃぐちゃな絵です。なぜかというと、全部木の棒で描いているからです。割りばしや、鉛筆の裏、筆は使いません。

ただ一つ良いところがありました。10メートルから20メートルほど離れてみると、人の顏やきちんとしたモチーフに見えるんです。本当です。(以前ご紹介しました)

審査の時に離れてみてくれる大学では最高点でした。

気持ち悪い絵と、素晴らしい絵は紙一重です。

天才も紙一重です。

これから世の中を変えようという人は、紙一重。

それを、単純に点数に置き換えるのに 審査する人の欲徳。ものさしをつくる人になぜか、ちょっと しょんぼりする私です。

 

もっとあります。作品を天地ひっくり返したら、最高点になった絵。

公募展などでも、裏返したら(裏面)のほうがよかったとか。にじみが絵よりよかったとか。

そのような絵を大事にしていましたが、今はもうありませんが・・。

 

もし、自分の子どもが 何かの世界で紙一重だったらどうでしょう?

「卑屈になってしまたら負け。」

息抜きが必要です。
今すぐに勝たなくてもよいと言ってあげようと思う。人生はながいのです。

 

この子の持っているものは最高で だれにもまねできない素晴らしいものだと信じて応援して当てはめることが私の最大の力を発揮するところです。

(自分のこと、自分の子どもは全くダメなのですが)

 

人生で一番大事な時まで、やる気スイッチは押さなくてよい。

 

ヨコミネ式で有名な横峯吉文さんの本に、子どものやる気スイッチの押し方のポイントが4つ書いてありましたので、ご紹介します。
1、子どもは競争したがる
2、子どもは真似をしたがる
3、子どもはちょっとだけ難しいことをしたがる
4、子どもは認められたがる
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お弁当のウインナーです。(やる気スイッチが入った状態)

「ほめて伸ばす」というけれど。

私は「ほめて伸ばす」ってどうかな?って思います。ほめることはよいことです。ほめられるとうれしいです。

一度こういうことがありました。家族で絵を描いていて、主人と私と兄がそれぞれ絵のバランスがよい。バランスがよいとはいえない一番情熱的な次男が描いた絵を 家族みんなでほめました。その絵は、かなり躍動的で、でもバランスは悪く、大胆な配色と表現です。
本心でかっこいい絵でした。でも・・「うまいって、こんな絵じゃないやろ・・」って言った次男の目に涙。悔し涙だったんです。

このドラゴンの絵は、ドラゴンが200匹以上描かれています。OLYMPUS DIGITAL CAMERA
何度かいてもうまく描けない。OLYMPUS DIGITAL CAMERA悔しくて涙。こういう人が良い作品を作ると思う。それで、ほめ方は大事だと感じます。うまく言葉にならなくてもよいし、無理に何かを表現しなくても、認めて、応援することができているでしょうか。そのままの君でよいと、その時に伝えられていたのでしょうか。自信はありません。
小学1年生の時でした。

音楽の先生にはきちんとした音程リズムの違いに厳しく指導するとか、間違いを正すということができます。お絵かき教室の先生をしていると、指導の根拠があいまいで、最近は生徒の要望に合わせすぎて、型を教えず、自由に好きなように描かせることが多いと感じています。わたしが子どものときは、写生やクロッキーが今よりもっと多かったです。
学校の先生なら、それでも良いかもしれない。でも私はプロなので、お金をいただいている以上、児童絵画教室の内容も大学受験に通用していくように指導したいと思う。
「型」の指導なしでは、型破りな絵を描くことすらできないのです。

それでいつも、指導書の中に 学習指導要領のいろんな教科を意識して取り入れることにしています。

国語 算数 理科 社会 家庭科 音楽 英語 体育、すべてが美術と合わせることができる。

美術を勉強することは、大事だということをしっかり説明できるように、後半の人生を生きたいと思う。

(私のささやかな願いです。)

 

オリジナリティについて

絵を学び、何かを発表するときに、必ずだれにもできない自分だけの世界を展開しなければならない というようなオリジナリティにこだわります。
普通は 人まねをすれば馬鹿にされます。
そのためつねに評価の対象になるのは、オリジナリティである。
オリジナリティこそ価値をつくるとも考えられています。
しかし必ずしもそうとは言えません。

ジャン・コクトーは「私が一番嫌いなのはオリジナリティだ」と言っています。これは、オリジナリティが競争と差別の上ばかりに成立するからです。
それにもっと言うなら、いったいどこからどこまでをオリジナリティーと決められるのでしょうか。
いちがいには・・区切りがつかない。

私は、新しいものをつくるとき「ここにしかないものはない」と思うようにしています。
また、そのようにして、日常を見ています。
子どもの時からお手本がないとできない。何も自分の力ではかけない。そんな子どもでした。
いまなら、それでいいと思える。

芸大生の時からずっと思っていた。
私には強烈な個性がない。
でも、個性っていうのはオリジナリティのことではない

オリジナリティのない私は、主人の技術の「取り合わせ」が新しい作品を作りました。(お茶の世界では「取り合わせ」というそうです。)そのような気持ちでやればいいのだと思います。

一生懸命生きる結果そうなったことが真実です。それが「信」でした。
これが「マエストロ貴古」で学んだことでした。

 

ここからは長男の話です。

「稽古と練習はちがう。」先代をほうふつさせる、なにかの面影をほうふつさせる。稽古はそういうことで、それがほめ言葉なんじゃないかな。
だから「うつし」でいいのではないのかな。「うつし」という言葉に 日本の文化の秘密があるのではないかな。

私もそれでいいのだと思うようにします。

 

「神仏たちの秘密」松岡正剛

より

アニメーション

最近の特徴なのかもしれませんが、
「上手な絵を描いたので先生見てください」
そのほとんどがマンガなんです。
これは、素晴らしいことだと思います。
そういえるようになったのが最近です。
先生は、「マンガやマネはいけない。」といいました。おそらく30年前はそうでした。
今は、
マンガは、日本が世界に誇れる文化・・
どれほどの人を魅了しているか。
マンガミュージアムだって京都にできました。
私が大学院在学中のときに
小学5年生以上のクラス(現在のアトリエ遊 永和教室木曜日)
みんな大好きな ドラゴンボールの絵を描いていました。
やんちゃ系男子が多かったです。
お絵かきが好きで、通ってくれました。
感謝です。
アニメでもきちんと模写したり、うつすのはよいことだと思っています。
大学にもアニメーション科もあるし、
マンガ学科が大人気
上手く描こうとすれば
きちんとしたデッサン力が必要になってきます。
それでいいのだと思います。
自分がかっこいいと思って描いた絵が家族に褒められて
そういうことが自信になって
どんなことにも取り組めるようになれば
私にとっては最高にうれしいことです。
この写真は模写。5年生男子
P1019587.JPG
こういう模写なら、
学校の美術の評価は高いですね。

美術室

美術室
私は美術室をみれば、学校のことがわかります。
たとえば偏差値がどれくらいか。
この表現がよいのかどうか、もし失礼なことなら、すみません。
美術室やアトリエの空気でおよそのことがわかります。
大阪の公立高校、
私立女子、男子小中校
定時制、単位制、の学校
国立の小中学校
などなど・・
美術から見た子育てですが、
たとえば粘土工作についてです。
粘土を渡せば、先生に投げつけてくるような、定時制の高校もあります。
あるいは、無気力で何も答えがかえってこない学校もあります。
美術は、音楽や体育と違って、順位や成績がわかりにくいし、
特別な環境 楽器を買ったりしなくてもよいし
美術の道具は、跳び箱や鉄棒などと違って環境もそれほど特定しません。
美術は寛容です
寛容というのは、
その人が表現したかったものをみとめ、
また伸ばし、自信をつけることができます。
絶対的価値観があるようで、実は「寛容さ」にくるまれています。
先ほどの、粘土を投げつけてくるような子どもが、何か悪いかというと、
(もちろん悪いのですが)やはり、自分では抱えきれない悩みや、どうしようもないことがたくさんあって、どうしようもないことも・・・あるのではないかな?
無気力な人たちも、もっともっと小さいときに、自分の意見や意志をしっかり持って誰かに褒められたり、認められたりしてこなかったからではないのかな・・。
誰もできないことができる強さは
この「寛容さ」からくるものではないでしょうか。
だからこそ、本気になったらなんだってやれる。
そういうことを言ってあげられる教科なんです。
美術は寛容です。
点数や知識や偏差値で縛られない世界があります。
さて、指導者はどいうでしょうか。
どんなことでも、ほめて
現代美術のように
「芸術は爆発」というような
言葉で完結させていないかな?
君たちはこれから大人になっていく。
そのなかできっといろんなことがまっているだろう。
どんな状況におかれても
どんなことをしても
どんな時代でも生き抜いてやる
そういうメッセージを謙虚に伝えてほしい。
そしてその上で、なにが大事で、
なぜこのような絵を描かせるのか
指導者にはしっかりした考えが必要です。
お絵かき教室の先生には資格がありません。
音楽の先生でも書道の先生でも絵をおしえたりできます。
学童保育でも保育士さんもです。
また、芸術大学を卒業していても子供のことがわからないのが普通です。
お絵かき教室の先生というのは、いろんな大事な役割があっても、資格はありません。
美術室には
「寛容さ」による先生の大きさ豊かさ
自分の置かれている環境の中で生きようとする子どもの姿もあり
また、環境設定(学校)の資質みたいなものも見えてきます。
また、このようなことを言えるのは
私が無所属で
学校の先生ではないからです。
「美術から見た子育て」
は、お母さん方保育士さんにも伝えたい気持ちです。
写真は伏見教室の柱です。身長が刻まれていきます。P1018737.JPG